第261号  26年5月号  大川 澄雄

初夏、それは突然にやって来る北国、大潟村・・・・。
   
 五月、それはそれは農家にとりまして、まさに一番忙しい季節、猫も犬もネズミも出てきたばかりのカエルの手も借りたい、そんな人手を必要とするこの時期。田植えを終えますと、一年の米作り農家の仕事の7、8割を終えると言われているほど、超多忙な四、五月でございます。
 この農業の村の様子は昨年お知らせ致しましたので、今回は寒い春から一気に風薫る初夏、若葉の頃を迎えます北国、大潟村の周辺を散策して見たいと思います。
 ええっ・・・桜も梅も椿も菜の花もすみれも一度に咲く・・・・・春爛漫の村「桜と菜の花ロード」これが大潟村の観光のスポットと申しましょうか、それはもう賑やかなこと。おそらくこの春の花の4拍子?が競って咲く村はそうそう見当たらないと思います。それ故に、その時期(4月下旬から5月上旬)それこそ猫も杓子も一気にマイカーで押寄せます。道路は一挙に大渋滞。約10キロの道程にず~と車が隙間なしに並んでいるといった状況でございます。それ以上に大変なのが農家の作業機の移動。大潟村は一人の田圃が2~3箇所、それも10キロ以上離れているものですからトレーラーで移動しなければなりません。それに、一番忙しい代掻きの季節、もうのろのろ運転で悲鳴なんです。なるべく夜に運搬するようにはしておりますが・・・・。
 でもよくよく考えて見ますと、それだけこの時期の大潟村は綺麗で爽やかで、人を引き付ける甘~い魅力溢れる凄い所なのではと、有り難い事だと改めて実感致しております。

 悲恋物語を語りつぐ男鹿半島の北限の自生椿、「能登山」全山いま満開・・・・。
 椿と申しますと2月でございますが、ここ男鹿半島は北限の自生の椿、それこそ目に沁みるやぶ椿が満開を迎える4月~5月、「椿ってこんなに咲くのか」と感嘆。その中に立っておりますとその悲恋物語に入り込んで行く、そんな神秘に満ちた小さな山、それは・・・。
―――昔、北前船の風待ちに立ち寄った若者が、能登山(昔は海岸の小さな丘)で出会った娘と恋愛に陥ってしまいました。結婚を誓った若者は将来の幸せを願い、「3年経ったら必ず帰る」と言って船出をして行ったのです。娘はこの小さな丘から毎日海を眺めて若者が帰ってくるのを今かいまかと船を待っておりました。しかし、別れてから約束の3年が過ぎても若者は帰らず、嘆き悲しんで海に身を投げてしまったのです。
 それから数ヵ月後、結婚するために金を稼いだ若者が喜び勇んで帰ってきたのですが、娘が死んでしまったことを聞き、あらん限りに泣き叫び悔し涙を流したそうです。若者は、土産の一つである椿の種を小さな丘に植えると村を去り、再び帰って来ることはなかったそうです。この椿は嘆き悲しんだ二人を供養するために燃えるように咲くのだそうです。――
 この「能登山」の自生椿、大正11年に自生椿の北限地として青森の陸奥湾「平内町椿山」と共に国指定天然記念物に指定されました。その当時、こんなに離れていても秋田も青森と同じ場所に思われていたのだろうかと不思議でなりませんねっ・・・・・。

今月の一句
春爛漫 立村五十年 祝すがに