第216号  22年8月号  太田 稔

  朝6時を過ぎると、にわかに外が騒がしくなります。それは近所の子供たちが、こぞってラジオ体操に出かける声であり「あー、夏休みなんだ」という事に気付きます。そして今でも胸から下げたカードにハンコを押してもらってるんだろーな?なんて、想像しながら朝仕事に向かうこの頃です。巷では、夏休みには海へ山へ、キャンプだ旅行だと忙しそうにしていますが、我が家ではもうそんな夏休みとは縁のない環境でして、子供たちもせいぜいお盆に数日帰ってくるのかどうか…という寂しい夏を過ごしています。

そんな訳で、今回のお題は「夏休み」です。私が幼少の頃、小学の3年までは北海道は網走の田舎で育ちました。当然家は農家でして、豆やじゃがいも、とうもろこしやビート(さとうだいこん)なんかを作っていた零細農家で、家畜は農耕馬1頭・搾乳用牛1頭・
採卵用のにわとり数十羽・もらった?ヤギ1頭・それに犬・猫1匹という家畜構成で、当然ながら殆ど自給自足の、貧しいながらも楽しい田舎の農家的、当時では普通の家(と、思っていた)だったように記憶しています。そんな家ですので「夏休み」なんて言っても、家族でどこに行くでもなく、ただただ遊んだ記憶しかありません。終業式に渡された「肝油」はその日のうちに全部食べ、朝のラジオ体操の時に友達と今日の遊びのスケジュールを練り、誰の泥団子がいちばん堅くできたかを競ったり、裏山にお弁当と水筒を背負って冒険に行ったり、物置小屋に秘密基地を作ったり、山で昆虫をつかまえたり、川で泳ぎ小魚を追ったり、朝から夕暮れまで真っ黒に日焼けしながら遊んだものでした。遊び疲れて食べるごはんは、どんなに質素でも、ご馳走でした。そして、部屋に吊られた蚊帳の中で、またまた兄弟で夜遅くまでトランプや花札で遊ぶ。こんな、明日の学校の事を考えなくてもいい「夏休み」は、私たち子供にとって濃密に凝縮した夢のような時間だったような気がします。

視覚で言えば、青い空に白い雲、夜空の星にひまわりの黄色。聴覚でいえば、騒がしい蝉の声や風鈴の涼しげな音色、花火の豪快な破裂音。感覚で言えば、冷たい川の水と温まった岩のここちよさ。臭覚で言えば、青臭い草息れに蚊取り線香の香り、それに海水パンツやタオルを入れるビニールバッグのビニール臭。でも、こんな夏の思い出や感覚が、今思い出してもじんわり、ほんわりと、あったかい気持ちにしてくれます。そして、幼少時代の友人・兄弟たちとケンカし、遊び、泣いて笑っていたあの頃の時間が、今の私の核になっているのだと思います。

すごく遠かった駄菓子屋への道も、すごく広かったとうもろこし畑も、大人になって目線が変われば、さもない事と気付くのですが、あの子供の頃は毎日が大冒険の連続で胸がときめき、キラキラと輝いていたように思います。あの頃の純粋な気持ち、そしてこの思い出をいつまでも大切に心に留めておきたいと思います。皆さんの胸の中の宝箱にも、素敵な思い出がきらきらと宝石のように、たくさん輝いているんでしょうね。      

今月の一句
夏休み 夢路の中に 浮かびくる