第213号  22年5月号  大川 澄雄

 ♪~♪ そろた(揃った)出そろた 早苗がそろた
植えよ 植えましょ 御国のために 
米は宝だ 宝の草を 植えりゃ 黄金の 花が咲く ♪♪
  
こんにちは~ 皆様、お元気でいらっしゃいますか?
 五月、樹木の花も咲き終わりまして、雨に若葉の深む季節を迎えました。
滴るような緑と水温む早苗田、今がいちばん爽やかな原風景をかもし出す時
ではと思っております。そんな中、私たち農家も一番忙しい、田植えの時期に入りました。

 そんな時期、よみがえって来ますのが冒頭の詩、正確でないかも知れませんが幼い頃良く聞かされた「田植え唄」でございまして、その中に出てくる「御国」と言う言葉から致しましても余程、昔から歌われた唄ではと思っております。それと同時に浮かんで来ますのが、かの故郷、九州の山深い田舎の田植の頃でございまして、夕方になりますと、薄暗い山間に連なる代掻きを終え水を湛えた物音ひとつだにしない棚田が白く浮かんで見える、その情景が子供心には怖く異様に見えたものでございました。今思いますと、その光景が一番こころに残っておりまして、懐かしく思い出すのでございます。

 あの頃は小さな部落にも多くの青年、早乙女がおりました。手植えでございましたので、植える所に赤い球が点々と付いた長い田植え綱を両方で持つ長老たちが「ホ~イ」と掛け声を掛け合い、ピシッと綱を張ると一斉に並んだ若者、早乙女たちが植え始めるのです。中には下手な早乙女もおりまして遅れるとわざと田植え綱をピーンと張ると、赤い球に付いた泥がピシッと顔にかかる、かけられた初化粧の早乙女はプンプン、それをなだめて隣りの若者がその分植えてやる、そんな大笑いの微笑ましい光景が見られたものでございました。お神酒を田の神さまに捧げ、皆で戴いてから始める、田植とは神聖な儀式だったのかも知れません。

 若い者同志が同じ場所ですから、当然生れますのが淡い恋でございまして、こそこそ話しながら好き者同志がこっそり隣りで植える、そして少しでも早乙女に負担をかけさせず植えてやる、その思いやりが進行致しまして晴れて夫婦になったカップルも少なくはなかったとか・・・・。ですから、手植えは腰の痛い重労働ではありましたが、それもまた楽しい年に一度の部落が寄り合う、田植えと言う「まつり」であったのではと思っております。

 そんな遥かに遠い、かの故郷で一緒に田植えした早乙女も若者も、もう大分歳を召した事でございましょう。亡くなった人も多くいるかも知れません。あの頃にもう一度戻って見たい、出来うる事なら皆と逢って見たい、懐かしく思うのもやはりこの田植えの季節でございます。      

今月の一句
早乙女の ざわめきも無き 田植えかな