第239号  24年7月号  大川 澄雄

 目に沁みる青田の季節を迎えました。奥羽山脈を昇り来るご来光がしとどに濡れた露を輝かす様はとても綺麗です。思わず「おはよう」と稲に呼びかけてしまいます。日中と申しますと燦燦と降り注ぐ光りにも爽やかな風を享けまして、その緑が一段と深くなり、今まさに青田の「旬」ではと思っております。とても順調に推移致しております。どうぞご安心下さいませ。日頃より大変お世話になっております事に心より厚く感謝とお礼を申し上げます。

まもなく誕生より50周年を迎える干拓の村・・・。
さて、大潟村はまもなく開村50周年を迎えます。大潟村の誕生日は10月1日だそうです。不思議でも何でもありませんが、昭和43年、日本の各地から一次入植より二,三,四,五次と大規模農業に夢を託して干拓地に入植致しました580名(応募者2463名の中から)それは夫婦で1160名入植した事になります。その日から皆一応に50年が過ぎようとしております、当たり前ですが・・・。その50年プラス当時の年齢が問題なのです。

入植者も日々に少なくなっていく村
入植当時平均年齢が年次別で違いますが約30歳だったそうです。それに50年をプラス致しますと・・。ただし入植年次が遅いほど平均年齢は若くなります。私の推測ですが入植者夫婦で死亡など去っていかれた人が現在まで250名はいらっしゃるのではと思っております。その原因は高齢、病気、やむない事情で故郷に帰られた人、不慮の事故、自分から生命を絶たれた人等など、とても悲しい出来事を伴った入植当時からの去って行かれた人達でした。

同世代が多い故の運命、きっと起きるなだれ現象
これは大変失礼な推測ですが、この不肖大川が単純に計算してみました(いらない計算すなとお叱りの声が聞こえそうですが・・・)入植夫婦だけでも現在約910名はいらっしゃるのではと推測致します。その人達も約85歳から65歳ぐらいまでで65歳以下が僅か・・・・と申しますと、この大川、何を計算しているのかお解かりでしょう。そうです、短期間のうちに皆が逝去と言うことなのです。これは生命の摂理どうしょうもない事なのですがぁ。
 あと約20年で入植者が居なくなるかもと言う事です。と申しますと単純に910名を20年で割りますと約45名、年間に45名、多いときには50~70名、6日間に一人亡くなる事も不思議でないかも知れません。こんな3300名そこそこの村での逝去、それは大変なことです。あの若さで夢に燃えて入植した人達もいずれそう言う運命にあると言う事ですね。まさに「夏草や兵どもが夢の跡」・・・。但し後継者は成長、あまり考えない事に致しますねっ・・・・。     

今月の一句
思い出は 茫々たるや 青田風