第237号  24年5月号  太田 稔

  「…今後、この低気圧は日本海上で猛烈に発達して北日本へ向うでしょう。それに伴い陸上では非常に強い風が吹き、海上では大しけになる模様です。瞬間最大風速は、所により40メートルを超え、波の高さは10メートルとなる模様です。」… … …声が出なかった。あの、今年4月4日の爆弾低気圧の到来だった。

 皆さんお元気ですか?爽やかな季節の到来です。麗らかな陽日とここちよい風が鼻をくすぐり、新緑の木漏れ日がきらきらと輝き、抜けるような青空を見上げるとそこには、恋の音色を奏でる小鳥たち。まさしく風薫る五月ですね。こちら秋田でも五月といえば田植えの時期、早苗ちゃん達が田んぼで嬉しそうに揺れている時期です。

 さて、冒頭の「爆弾低気圧」ですが、4月の3日から4日にかけて日本を北上し、全国各地に大きな爪痕を残しました。広島の世界遺産「厳島神社の大鳥居」を破損させ、首都圏でも会社や学校で帰宅指示が出された程ですので、記憶されている方も多いかと思います。
 こちら秋田でも、当然ながら爆風に見舞われ、防風林は無残にもなぎ倒され、屋根のトタンが剥がれたり、車庫のシャッターが壊されたり、窓ガラスが割れたり、場所によっては電柱が折れた所もあり、県内全域で停電が頻発しました。私どもの住む大潟村でも停電は夜半まで続き、寒い中ローソクとカセットコンロで過ごした人も多かったとの事です。この停電は昨年の3.11大震災を彷彿させ、心細い夜を過ごしたのでした。
 しかし、大潟村では問題はそれだけではなく、最大の災害は「育苗ハウスの損壊」なのでした。この時期こちらでは皆、稲の苗を育てるハウスのビニールを張る時期でして、4日といえば、殆どの人がビニールを張り終えていたのでした、そこにこの爆風である。被害が無かった人の方が珍しい程でして、ビニールが飛んだ(千切れて飛び散った)くらいは良い方で、ハウスの鉄骨が飴細工のようにへしゃげたり、ゴジラが通り過ぎたかと思う程ぺしゃんこに潰されたハウスが至る所に見られ、その前で座り込む人の姿には目を覆いたくなる程でした。それもその筈、これから種蒔きを控えた私ども農家にとって、それは死活問題なのだから。それでも、折れ曲がった鉄骨を修理したり、重機を使って引っぱり起こしたり、使える鉄骨を寄せ集めて建て直したりと、それこそ皆、知恵を使いながら何とか育苗の目処を立てたのでした。

 ある農家が云った。「な~に、農家はどんな事があっても何とかするもんさ、百姓だもの」その言葉を思い出した。自然と生き、自然と共に暮らす百姓は強いものである。けれど、その恩恵に感謝の気持ちを忘れる事なく、そしてその偉大さに常に謙虚でなければならない。そんな言葉なのかもしれない。そして最近では「災害は、忘れぬうちにやって来る」という事を肝に銘じて。 

今月の一句
早乙女も 遠きまぼろし 田植えかな