第288号  28年8月号  長井 一彦

 暑い日々をいかがお過ごしでしょうか。
 あきたこまちも初旬に出穂し、順調に推移しておりまして、稔りを待ちながら刈り取り作業準備に勤しんでいるところです。短い夏を惜しむかのように、秋田でも竿灯まつり、大曲の花火大会、湯沢の絵燈籠、そして盆踊りと、各地で五穀豊穣を願っての祭りが目白押しで、人々の労を癒し楽しませてくれます。

 世界のスポーツの祭典、オリンピックがブラジルのリオで開催、日本選手の活躍が注目されるところです。正直申しまして、日本での開催を二度見られるとは思いもよりませんでした。昭和39年東京オリンピック、国立競技場での開会式、アジアで初めての戦後の復興を知らしめる日本挙げての大会でした。この華々しい大会とは裏腹に、故郷の新潟は本当に大変な災害に見舞われた時代でもあったのです。

 当時、私は新潟の農業高校の2年生、将来の大規模農業、規模拡大省力栽培の夢を追っての青春時代でもありました。その祭典の喜びも束の間、新潟地震、昭和41、42年豪雨による未曾有の水害を経験、蒲原平野の穀倉地帯を堤防の決壊で大打撃を受けまして、私共の地区は2週間程も床上浸水と言う大きな被害を被りました。本当に負からの人生の始まりでした。でも夢でありました大規模農業に向けて、それから間もなく八郎潟干拓入植条件の難関を突破、夢の実現となったのです。今は様々な思いと共に楽しく生きて行きたいと願っております。

今月の一句
陽を待ちて 小さき花や 稲の先