第323号  元年7月号  大川 澄雄

 何時もいつも「こまちの里」をご愛顧頂き誠に有難うございます。
 皆様におかれましては、お変わりなくお過ごしの事と存じます。これから真夏に向かう事と思いますが、どうか、風邪などお召しになりませんよう、お気を付け下さいませ。
 さて、今年の天候と申しますと、晴天に恵まれ過ぎたようで、「本当に雨が欲しい」、そんな日々でありました。農家が多い私達の村では、それが行き交う人々の挨拶の言葉ともなり、いかに雨を待っているか人々の思いが痛いほど通じ合う、そんな朝夕でありました。そして本当に久し振りに降る雨のその有り難さ、音さえもとても耳に心地よく、まさに天からの宝の贈り物でありました。

 八郎潟入植50年、甦るふるさとを離れた日・・・・。
 かの八郎潟を干拓して生まれた広大な大地に入植致しまして今年で50年の節目を迎えました。こうして佇んでおりますと、昭和46年2月、熊本県水俣駅より片隅で泣きながら手を振る両親、そして見送りの人達と別れて寝台列車に家内と2歳の娘と乗り込んだかの日が甦って参ります。
 2歳の娘が、(ちょっと股関節が悪かったように記憶している)はじめは楽しくしておりましたが、東京で東北本線に乗り換えてから駄々をこね始めて泣き止まず、デッキに出て抱っこしたまま夜明けまで過ごした事が今も忘れる事は出来ません。福島を通り、雪が降る車窓を眺め、入植した事への後悔も相まって、娘につられて涙で茫洋たる雪国の秋田駅に着いたのでした。そして、タクシーにて大潟村へ向かったのであります。途中雪で覆われた広大な大地に下車して、初めて大干拓地の上に立った事を、つい昨日のように思い出します。
 
 かの日から50年の月日が経ちました。大変な苦労もありました。でもこうして節目を迎える事が出来たこと、家族全員が元気に暮らしていることに今は感謝しかありません。

今月の一句
ふるさとは 如何にありしや 夏の夢