今月のプレゼントは・・・

今月お荷物にお入れしているのは・・・

八郎湖名産
わかさぎの佃煮です

50グラム入り1袋です


日本海から八郎湖に遡る、わかさぎの佃煮プレゼント!
かつて八郎湖が干拓される40年ほど前、遡る事明治の時代から引き継がれた佃煮の製法を、今も変わらず継承し頑固にこだわる佃煮の老舗、丸進三代目店主「進藤耕太郎さん」が、化学調味料や保存料等の添加物を一切使わず、厳選した水あめや特選醤油を使い、丹精込めて作り上げた「わかさぎの佃煮」をプレゼント!
今の時期、日本海と湖が繋がる汽水湖「八郎潟」では無数の小魚が、海からひしめき合いながら上ってゆく様が見られます。この躍動的な光景を眺めていますと、見るもの自身にも、ひしひしと元気がみなぎって来ます。
 その昔、まだ大潟村が湖底で眠っていた頃、八郎湖では白く大きな帆に風を一杯にはらんで静かに、そして湖上を滑るように進む「うたせ船」が、太いロープをギシギシと音を立てながら引く光景が、この時期によく見られたそうです。その「うたせ船」が引くロープには袋のような魚網がくくられ、網には鯉・鮒・うなぎ・白魚・わかさぎ等の汽水湖で生息する魚達がたくさん捕れたそうです。その中でも、一番の漁獲高を誇る「わかさぎ」は八郎湖の特産として、周辺町村の庶民の貴重な蛋白源として浸透し、今もその味を私達に伝えてくれる有難い食材なのです。
そんな「わかさぎ」も、保存食としては煮干程度の加工技術しかなかった明治初期の頃、関東は佃島から来られた佃煮職人の技が継承され、ここ八郎潟でも盛んに小魚を佃煮として加工され始めたのです。この伝統の技と秘伝のたれで炊き上げた佃煮には、香ばしい醤油の香りと、甘みの中にもほんのりとした苦味があり、噛み締める程に懐かしい味が口の中に広がります。まさに日本人冥利に尽きますね!
     ☆★☆ Study ☆★☆

 そんなこんなで、今回は佃煮の歴史をちょっと紐解いて見ましょう。
そもそも佃煮の起源は今から四百数十年ほど昔、天正10年、本能寺の変より生まれたのであります...ベンベン。
天下統一を成し遂げた織田信長が、明智光秀の謀反によって本能寺で倒れた後、危険を察した徳川家康が大阪から脱出する際、神崎川を渡る船がなく困っていると、近くの佃村の庄屋が自分の漁船と大事な非常食である小魚煮を、道中食として用意してくれたのです。これが佃煮の始まりと云われ、日持ちもよく体力維持にも素晴らしい効果を発揮した小魚煮に助けられた家康は、佃村の漁民に大変感謝し、信任厚く後に江戸に本拠を移した際、佃村の漁民も江戸に呼び寄せ、海岸端に多くの漁民が移り住んだ(佃島)そうです。その後すばらしい魚場である江戸前の魚介類を醤油で煮た佃煮は、江戸詰めの大名も絶賛し、国元への大名土産として持ち帰られ、またその技も全国へと浸透していったのです。
佃煮の歴史も奥が深かったんですね、どうぞ戦国時代の伝統の味をお楽しみ下さい。
鳴かぬなら 佃煮食べて 待ってましょ ケキョ   こまちの里
 こまちの里では、お届けする箱の中に、毎月こんなカンジでプレゼントをお入れしています。何が入っているかは、箱を開けた時のお楽しみですネ!
さ〜て、次回は何が出るかな?