平成14年7月1日 発行    NO 118号

メンバーより一言 (太田 稔・おおた みのる)

 薄暗い小屋の中、一筋の糸を辿るとそこには四方に張り巡らされた 魔法陣とでもいうべきあまりにも完璧で芸術的な巣が形成されており その中心に居座る黄と黒の、いかにも危険信号の如く鮮やかな横縞のくびれた肢体に小さな、しかし強靭な顎を怪しく動かしながら静かに獲物を待つ。そんな彼女は通称女郎蜘蛛と言われ、蜘蛛の代名詞的な存在ではある。
 けれど、その女郎蜘蛛の雄はというと、その存在には誰も気にかけないというより、誰にも気付かれないのかもしれない。 しかしそこには、しれつな闘いがある。それは生殖の時期、米粒程で雌とは比較にならない程の小さな肢体を投げうち、生死を賭けての雌へのアピール。気に入られなければ即、雌の餌となってしまう。そんな過酷な情景を私は農舎の片隅で息をこらして、じっと見守っていた。
 やはりオトコの性分「頑張れっ!」とエールを送ったものの、残念ながら彼は女王様のお気に召さなかったのか彼女の晩餐となってしまった。一部始終を見送った私は自然の摂理を学習すると共に、改めて人間に生まれた幸せを実感したのだった。

 "弱肉強食・愛は戦いである"そんな言葉が脳裏から離れないまま帰路に着いたある日、わが家にちょっとした事件が起こった。それは我が家の次男坊、小2の翼だった。はっきり言って元気だけが取り柄の翼が、いつものとおりにぎやかな夕飯の席で、母の言った何気ない一言で彼は凍りついてしまったのだった。
 「そういえば、ゆかちゃんはこうた君が好きらしいね。」見る間に青ざめる彼の顔...「でも、こうた君ははずきちゃんが好きなんだって。小2でも三角関係ってあるのねえ...」翼は、実はゆかちゃんが本命だったらしい...が、その三角関係の隙間にさえ入れない自分の不甲斐なさにか急に無口になった彼はその後、箸が動く事はなかった。
 戦いに参加する前に撃沈した彼を何と言って慰めたらいいのか...。
 
 そんな事があってからの翼は、思い出を吹っ切るかのように何故か将棋に没頭し始めた。朝起きて一局・ご飯を食べて一局・帰って一局・寝る前に一局、ケンカ将棋に磨きのかかった翼の将棋に定石は存在せず、いつも翻弄されるままに術中にはまってしまう。そんな彼は将棋版を片手に家中を駆け回りながら相手を物色し、祖父は勿論兄や私まで苦戦を強いられている。
 「待った、は2回までね!」と、今日も玄関の前であぐらをかき、将棋の駒を並べて私の帰りを待つ翼の姿が...私は怖い。そしてそんな彼の姿が、糸を張り巡らせ手ぐすねを引く女郎蜘蛛と、何故か交錯してしまう...。                   


        巣の蜘蛛の ひと日動かぬ 夏猛て