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| 新米特集号 平成14年9月27日 発行 |
| メンバーより一言 (長井 一彦 ・ kazuhiko nagai) |
| 小雨降る鉛色の空の下、男鹿半島にそびえる寒風山に見送られながら、
私は一路新潟まで車を走らせていた。その6時間有余の中、車窓に映る
景色など目にも入らず、ふと気付くと口からは、いつものフレーズが壊れた蓄音機のように繰り返されていた 「♪思い出の夜は 霧が深かった 今日も霧が降る 万代橋よ....」"柳と水郷の都、新潟"そして"霧の都、新潟"その哀愁の唱歌、新潟ブルースである。 新潟は私の故郷。今でこそ様々な高層ビルが乱立し、緑地帯が設けられ、清楚に刈り込められた街路樹が整然と並ぶ街並みには都会の風が流れている。しかし、今も昔と何一つ変わらない一角がある、それが信濃川にかかる万代橋である。 その昔、北前船がひしめくように信濃川の川面を埋め尽くし、商人達は気忙しく街道往来していた。そんな時代を静かに見守り、そして数々の大地震にも耐え抜いてきた石橋、万代橋は新潟人のシンボルであり、誇りでもある。 私はそんな万代橋を久しぶりに歩いてみた。幼少時代から幾度となくこの橋を歩いているが、いつもと変わらなぬその感触は、どっしりとして安定している中にも温もりがある、それは現代のコンクリートのそれとは、確かに違う。それはこの橋に込められた幾多の人の想いなのかもしれない。かくいう私もその一人であり、ここを歩くと、今もあの頃の思い出が甦ってくる。 本当の恋を知り、霧にむせぶこの万代橋を初めて二人で歩いたあの頃、そして、無残にも切り裂かれた恋心、哀愁の万代橋は今も私に「そんな事もあったな」と、語りかけた。 そんな懐かしい余韻に浸りながら実家へと足を運んだ私を、年老いた母は、暖かく迎えてくれた。その母に先ほどの昔話を聞かせると、外出もままならぬ老いた母は、目を細めながら昔の街並みを思い出したのか、日頃寡黙な母が時間を忘れて昔話に花を咲かせた。まだろくに孝行できない愚息ながら、長生きしてほしいと切に願いながら帰路に就いた。 偶然か、帰った私に娘からメールが届いた。テレビのドラマ「北の国から」を見て、子供の頃を思い出し、「いつになったら親孝行出来るかわかりませんが、達者でいて下さい」…と。 「新潟....」何もない田園風景の中、高速道路が出来、高層ビルが建つ怒涛の経済成長期に翻弄されながらも半世紀を生きてきた自分を少しだけ誉め、郷愁の想いを誇りにし、老いを感じつつも家族、そして友と共に生きる事の幸せを思う。あの、こよなく愛される万代橋のように....。 |
| ──新米や 香にかすかなる 里の夢 ──こまちの里 |