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| 第160 平成17年12月号 |
| メンバーより一言 (太田 稔 ・Minoru Ota ) |
| 師走を迎え、襟を立てて足早に過ぎ去る群衆の中、男はただ、ひたすら立ちすくんでいた。そして、目の前に映る人だかりの中で、必死に何かを探していた。しかし彼の目に映るのは、かつて夢と希望に満ち溢れた華やかな街。今は次第に輝きも失せ、喧騒とした都会の片隅で、ただ呆然と立ちすくんでいた。そして、瞳に映るネオンはやけに明るく、いつまでも明るく。 そこは渋谷のハチ公前、待ち人は次々と仲良く町へ消えてゆく中、ただ独り待ち続ける自分は不安な筈なのに、なぜか苦笑していた。 ![]() 待ち人とは約束の場所が、ハチ公の頭の方か、尾の方かという勘違いであり、そんな、たわいもない事で喧嘩をした。それを見て「ハチ公」が、一瞬目を細めて笑ったような気がして振り向く二人。師走も暮の大晦日の夜だった。 当時東京は世田谷の、昼でも暗い四畳半の、月5,000円という、その頃でも格安なアパートに住み、学生と言いながらも、殆どの時間をアルバイトやサークル活動に費やし、ひたすら青春を謳歌していたように思う。まあ、卒業は出来たのだから、単位は取れたのだろうが、恥ずかしながら今でもそれ程、実生活では役立っていないような気もする。けれど、私にとってこの4年間という年月は、かけがえのない、青春そのものだった。もう二十数年前の事ですが、寒さが厳しくなる今の時期になると、毎年のようにその頃の想い出が蘇ってきます。 皆さんも、そんな若かりし頃の甘酸っぱい思い出、ありますよね! どうぞ今後も、そんな大切な想い出を、いつまでもいつまでも、温めて下さいね。 ところで、この冒頭に書きました「ハチ公」は、皆様もご存知のとおり、「あきたいぬ」でして、山吹色の毛並みと、くるりと巻いた尾が特徴で、人懐っこく、忠犬というだけあって、とても従順である。また、この秋田犬は猟犬でもあり、昔は狩りで生計を立てていた職猟師「またぎ」が好んで飼っており、冬はまたぎ小屋という、山小屋に犬と共に生活し、ある程度の獲物が獲れるまで山を降りて来なかったと云われています。厳冬の山中での生活は過酷で、その中で犬は欠く事のできない伴侶であり、友だったそうである。その「またぎ」が常食していたのが「干し餅」でして、これは切餅を、縄などでくくり、軒先などに吊り下げて、寒気に当てて作る保存食であり、天然のフリーズドライ食品である。今でも秋田では、この干し餅を作る慣習があり、子供達のおやつとして楽しまれています。 さて酉年も、もう残すところ何日でしょうか。また、お正月用に「里のもち」はお求め頂けましたでしょうか? どうぞ来る年も、よき年でありますようお祈りいたしまして、一言とさせて頂きます、ワン。 |