第179  平成19年7月号  

メンバーより一言 ( 長井 一彦 ・ Kazuhiko Nagai
 五月晴れの中、植えられた「あきたこまち」も7月に入りまして、緑一色に染まり、照りつける日差しに爽やかな風が葉先を揺する季節を迎えました。現在、田の草取り、田面排水をよくするための溝切り作業、防虫害対策を兼ねての畦草刈りなどに明け暮れております。お天気にも恵まれまして、「あきたこまち」も順調に大きくなってきました。まもなく「中干し」時期に入り、稲も穂を作る段階に入ります。無事に収穫出来る事を願いつつ見守っている昨今でございます。

 この田植えの最中に、親代わりとも言えます新潟の親父さんが亡くなりました。
「どうだい、八郎潟入植の話し、大規模農業を夢みてきたおまえだ、挑戦してみたら」当時、親父が病に倒れてからは親戚、親友でもありました親父さんから親身になって農作業にもお世話になっておりました。小さい頃から手伝うのは当り前と言っても親父代わりにはまだ子供です。農業に就いてから3年目を過ぎた頃、「わしが行かれるものなら行きたのだが、若いおまえが夢みるのなら応援するから」と。親父さんに世話になっていながら家を出るなどとは口が避けても話せるものではありません。でも密かに私の思いを察していた親父さん、小さな田んぼを二人で草取りながらの会話でしたが、本当に有難い感謝の念に、涙して頭を下げた事を思い出します。

 入植当時、秋田まで出向いて仕事を手伝ってくれて、晩酌には大酒を飲み、疲れなどひと時も見せず、豪快に笑い喜んでくれた親父さん、年に数回機会ある度に訪ねてくれて、びっくりするほど農業情勢や大潟村などの情報に詳しく、止まることのない話題に感心させられ、励まされて、時の経つのも忘れるほどの日々でもありました。

 そんな親以上に尊敬した親父さん、最近はさすがに老齢には適わず、床に伏す日が続いていたと聞いておりました。会いに行く事もままならず、その日が来たのでした。私の田植えが終わるのを待っていたかのごとく、駆けつけてすぐに安らかに旅立って逝きました。時代の流れとは言え、私のひと時を支えてくれた親父さん、「安らかにお眠り下さい」と感謝を伝えつつ、今農業に頑張っております。親父さんのご恩に報いるためにも・・・・。


        心地よく 濡れて清しや 青田つゆ