7月号  平成12年7月1日 発行

メンバーより一言 大川澄雄 おおかわ すみお   

拝啓 爽やかな青田の季節となりました。大潟村14、000ヘクタール( 山手線がすっぽり入る広さです)の広大な稲田は、今まさに目に沁みる緑ひと色。穏やかな夏空 と合いまって遥かに続く様は、公害もない、からっとした東北そのものでございましょうか。この農村の原風景、皆様にも是非浸って頂けたらと思いつつ、息子と日々農作業に 勤しむこのごろでございます。
 さて、農作業を手伝う息子、史郎と申しますが、今こうして一緒に仕事が出来ますこ とを私ながらに、心より有り難く思っております。命の尊さをかみしめながら・・・。

それは今から5年前、史郎が二十歳の時でありました。作業舎の後片付けを終え、仕舞ってあったはずのオートバイを出し、それに乗ってしまった。それが運命の始まりで した。「息子さんが事故です。救急車で運ばれました」動転して 病院までどうして行ったのか・・・。うす暗い救急室、そこには史郎の 血まみれになった姿があったのです。しかも、横に片足を置いて・・・。 その無残な姿、もう駄目だと思いました。すぐ手術室に。大手術の末一命をとり止めたのです。でも片足は接ぐことなく失ってしまったの でした。
昏睡より覚めて膝の上からの片足の無いことに気付いたその 時の史郎、そして見守っている私共、その時の状況と、とうてい話に表 せるものではありませんでした。でも、生きてくれて本当にほんとによかった。  春温む日でした。火葬場にて片足を火葬していただいたのです。一人ぼんやりしなが ら寂しく待っていたことを思い出します。これも運命と思いながら・・・。

 今年の春(あれから史郎、本当に葛藤の日々でございました。でも見事乗り越え、作業出来るようになったのです。) 代掻き時の出来事でした。私よりうまくなったトラクタ ーの操作を終えて降りようとした時のことです。足を滑らせ泥水の中に落ちてしまった のです。義足で感覚がないからでしょう。でも泥まみれになりながらようやく起きて笑 っていました。見ていた私も笑い泣きでした。心も人も本当に成長したことに・・・。

 人生の運命、様々でありましょう。苦境を乗り越え今は私をリードしてくれる史郎。 つい、皆様にお知らせしたくなってしまいました。大変な親バカでございました。  夏、されど夏、皆様どうぞお体ご自愛にてお過ごし下さいませ。    敬具    

── 心地よく 目覚めて深き 青田かな ──