平成24年 4月 13日(金) 大川 澄雄

工事現場?・・・・

 いいえ、決~して工事現場なんかじゃありません。れっきとした育苗ハウス内です。使用している機械は確かに鎮圧ローラーなんですが、これはハウスの中を耕起した後、ぶわ~とした表土の状態ですので、作業し易いように踏み固めている訳なんです。昔なら考えられない事なんですが、上手くローラーを使用したものですね。

 このローラーを使用するようになったのは、実は深い?訳があるんです。文明の利器でしょうか色々作業機が登場している昨今、昔だったらとても考えられない事だったのですが、自動で育苗箱を並べる機械が登場したのであります。

 その為には、まず床が硬くなければ「箱並べ機」の車輪が沈んでしまいますので、硬く自由に往来出来るように床を硬くするようになった訳なんです。そこに考え出されたのがこのローラと言う事だったのです。

 でも、この貧乏の大川、その機械を買う事が出来ず「え~い機械はなくてもその準備だけはするか・・・」と言う事で、ご覧の鎮圧を息子がやっている所なんです。でも、育苗箱を200枚軽貨物に積んでハウスの中に入る訳なんですが、床が硬くてとても便利なんです。「な~に、わが家には超中古の人力箱並べ機が2台あるばい」とヘンなやせ我慢をしながら・・・・。まず家族総出で、また仙台の長男も加勢に来てくれますし、頑張って15日から種蒔き始めますねっ。

平成24年 4月 12日(木) 早津 一仁

ようやく・・・ですね。

 こんなに暖かく穏やかな天気が恋しかった昨今ですが、まさに「待望の・・・!」ですね。お天気、そして大自然相手の農作業ですので、たまには「神頼み」したくなってしまう時があります。というより最近では結構な頻度で、「わが家の神棚」にお願いしちゃっています。

 嵐も去り、毎朝の冷え込みもようやく無くなったようです。4月に入ったのに水溜りに氷が張る状態が続いていましたので、それこそ日中の最高気温もなかなか一桁の日が続いていました。お日様が照る日には、ご覧のように大きな桶に漬けた種子籾にも眩しいばかりの日光を当ててあげます。こんな日がまだ指折り数えられてしまう事自体が低温警報なんですね。今年は意図的にもう少しばかり浸漬する日数を増やしてあげなければと思っています。(その分だけ、種蒔きも遅れてしまいますが・・・)

 大潟村全域で今回の被害があった中で、ようやくビニールハウスも修繕され始め元の姿に近づきつつあります。今日の天気と比例するかのように、皆で元気を出して頑張って行きたいと思います。「遅れてしまっても、いつかは終わる・・・。」なんて気持ちで頑張って行きます。

 蛇足ですが、交通安全週間と称して最寄りの警察署のパトカーが、住宅地ではなく、この近くの格納庫や育苗ハウスの回りを巡回していました。今の村民の気持ちを考えるに、防犯や啓蒙はいいですが、取締りだけは穏便にやらない方が住民感情なんですが・・・?

平成24年 4月 11日(水) 太田 稔

災害は…

 先日、毎年お願いしています肥料「バッドグアノ(こうもりの糞…の化石)」が届きました。わざわざ栃木県は日光から運んで来てくれたのはダイヤ有機の男前?星さん&頭を丸めた信仰深い?あんちゃん(名前忘れちゃいました、メンゴ)。毎年いつも今頃に運んで頂いているんですが、同業者(農業)同士なもんで「所変わればナントカ」で、ご当地最新情報とか、ご当地農業情勢・ご当地最先端農業技術…なんていう、私どもにとってはとってもお勉強になる話しができるんですネ。

 まあ、そんな中で出て来たのは今回の爆弾低気圧の被害、それに伴う資材確保や作業の遅れ。一方栃木では、福島原発の風評被害や耳タコの農産物放射性物質検査の事など。でも、びっくりしたのは昨秋、稲の収穫が皆無だった田んぼがあったとの事。何と原因は「イノシシ」なんだそうな。
 「そんなもん鉄砲でやっつけて(有害駆除)して食べちゃえば?」と言えば、場所が(日光)国立公園内だから駄目なんだそうな。美味しいのに残念…そういう問題じゃあないか。

 話しは変わりますが、やはり痛いのは爆弾低気圧の被害。全国的に被害を及ぼした事もあって、農業資材関係はなかなか手に入り辛く、ましてパイプハウスの部材に関しては全く見通しさえつかない…との事。私どものメンバーは何とかなりそうですが、低気圧にハウスの、ホネまで愛された人達?は大変です。飴のようにへしゃげたハウスを前に「材料来るまで種蒔きできねぇ」とか「べた置きだな(ハウスを使わずに苗を作る)」とか「何とか重機(ブルやショベルカー)で引っぱってハウスを叩き起こしてみる」とか、駄目になったホネを捨て、何とか使えるホネをかき集めて成形してハウスを建ててみる」なんて話しが聞えてます。
 そして皆口々に「ヒデ~な、こんな年ってネーよな」…でも、その言葉って、近頃よく耳にするような。
 教訓:「災害は、忘れぬうちにやって来る」…みたいな。

平成24年 4月 10日(火) 清野 道義

暴風の被害

 今日は、風も無く穏やかな良い天気となりました。
ハウス団地では、先日の暴風の被害の復旧で大忙しです。
わが家は、作業の遅れが幸いし被害は最小に収まりましたが
飛ばされた色んな物の後片付けに一苦労でした。
過去何回も風で飛ばされた経験から、結構丈夫に作ってあるので
多少の風には心配しないのですが、風速40メートルはさすがに駄目ですネ。

 気温が低く大雪の影響で、今年の種蒔きは1週間くらい遅くなるかもしれません。
その分作業もずれて来るので、焦らず、作業を進めて行きたいと思っています。
今年から娘が帰って来たので、かみさんの仕事は楽になったようです。
でも、私の仕事はぜんぜん楽にならず変わりません。
仕方が無いですけど、カミサンが羨ましいかぎりです。

平成24年 4月 9日(月) 長井 一彦

甚大な被害を記憶から忘れず・・・。

 一週間後には種蒔きを予定していた人が多かったのです。その為のハウスの準備を終えた頃にやって来た爆弾低気圧。
朝の4時前後から南西から西からの暴風が、風速40メートルを超える猛威を振るうこととなりました。

 冬から寒さが続き、雪融けが遅く春は遅くなる、そんな中でも大潟村では意外と雪が融けてくれたら、アッと言う間に進んでくれたと
喜び、春の作業に取り組んだ矢先の事。「まだ早い・・・」そんな気持ちが胸の中にありましたが、後の祭りですかね。

 37年程前の昭和49年でしたが、種蒔きが終えた直後に荒れ狂う程の風がハウスをなぎ倒す記憶がよみがえります。
ハウスにしがみつきながらの天に祈る気持ちが伝わったのでしょうか、発芽前の稚苗は無事成長してくれましたものです。
教訓を忘れずに、現在もこだわっている労兵がまだいるのです。